私は日経新聞はとっていないので、ヘッドラインをネットでざーっと流すだけなんですが、先日あるニュースに口が開くほど驚きました。10年も会計士をやっていれば、こと会計ネタに関しては、「ああ、また日経間違っている。。。」とため息つきながらやり過ごすことはしょっちゅうですが、今度ばかりはどうかと。
「日米欧が一斉に、金融機関や企業が保有する債券や証券化商品などの金融商品を時価で評価する時価会計の適用を一部凍結する方向で動き出した」
ASBJも「憶測記事です」ってリリースしているんですが、これは日経の勘違いか、もしくは意図的な世論操作の類かと。このところ、金融危機がらみの報道で、特にこの時価会計関連の話に関しては、日本語に訳されたメディアを見ると、???と思うものが多かったので気をつけて読んでいたんですが、これはちょっとひどいんではないでしょうか。
現状、私の知る限り、日本も欧米も、時価会計の適用を凍結する予定はさっぱりないのです。たしかに各国、時価会計『緩和』の方向にあるとされていますが、その方向性はいわゆるHard to value assets, 日本で言うところの時価のない有価証券の評価(もしく時価があると言えるかが議論になる有価証券)、米国でいうところのレベル2資産の評価に限定されています。
最近のプレスリリースなどは以下のとおりです。
米国
2008年9月30日 公正価値についての明確化(SEC) および2008年10月10日 活発でない市場における金融資産の公正価値の適用について(FASB)
活発な市場のない有価証券の時価の考え方を再定義:あまり取引のない市場での時価は、公正価値を決めるにあたっての要素になりうるが、決定的ではない。もしそれが秩序だったものであれば、その取引はマネジメントの公正価値評価で考慮されるべきである。しかし、あまり取引が活発でない市場での価格が、同じもしくは同様の資産の現在価格を反映していなければ、公正価値の決定に当たって調整が必要である。(注:価格の崩れているCDSなどの金融商品をレベル3資産に区分し、市場価格ではなく自社データなどを使ったモデルで評価することを容認する内容。米国は最初に金融危機が深刻化したため、今年3月の時点で既に、SECから公開企業のCFO宛てのレターで、同様の内容が告知済みであり、今回の公式なプレスリリースは新たな緩和策というわけでもない。)
欧州
2008年10月13日 IASB 39号およびIFRS7号 の変更を発表 および2008年10月14日 活発でない市場における公正価値の適用について
債券の保有目的の変更を認める:債券の保有目的が満期保有の場合は時価評価の対象外であるが、国際会計基準では「売買目的」から「満期保有」などへの区分変更を認めていなかった。米国会計基準では区分変更を認めており、国際会計基準も米国に合わせる形で、2008年7月1日にさかのぼって区分の振り替えを認めることにした。
活発な市場のない有価証券の時価の考え方を再定義:公正価値は市場参加者間の通常の取引において成立するであろう価格であって、強制された清算や投げ売りにおいて成立する価格ではない。しかし、市場が不安定な時期でも、すべての市場活動が強制された清算や投げ売りから生じているものではない。(注:米国同様、投売りで崩れている市場価格を時価とする必然性がないことを定義したもの)
日本
2008年10月16日「時価評価とその算定を巡る会計基準等について」
活発な市場のない有価証券の時価の考え方を再定義:「取引所若しくは店頭において取引されているが実際の売買事例が極めて少ない金融資産」や、売手と買手の希望する価格差が著しく大きい金融資産は、市場価格がない(又は市場価格を時価とみなせない)と考えられるため、このような場合には、「時価は、基本的に、経営陣の合理的な見積りに基づく合理的に算定された価額による」こととなる。不利な条件で引き受けざるを得ない取引又は他から強制された取引による価格は時価ではないことに留意する必要がある。(注:欧米同様、投売りで崩れている市場価格を時価とする必然性がないことを定義したもの)
以上を読めばわかるように、どこにも「一部凍結」なんて話は出ていないんですよね。そりゃ、ASBJもあわてるでしょう。
まあ、ここで、じゃあ日経が「時価会計凍結」とか、あたかも既成事実であるかのようにいっちゃうか、というと、本当に一部の時価会計を凍結したい人たちがいるからなんでしょうね(滑ったとしても、意図的だったとしても)。で、本音はこれらの規制で会計処理には幅がもうけられた「時価のない資産」ではなく、もっか株価急落で評価損負担が重くのしかかる上場株の話でしょう。実際、銀行関係者からは「(上場株の)時価会計凍結」という陳情が引きもきらない様子です。
ですが、日米欧のなかで、上場株の評価が取りざたされるのはおそらく日本だけ。なぜなら、銀行の決算で上場株の評価損負担とか言う話になるのは持合が最近また増えてきているから、評価損が自己資本比率に結構クリティカルな影響を与えるわけですね。ドイツとかはまだ持合があるんでしたっけ?にしたって、欧州の総意としてはそういう話は出てこないだろうし、米国に関しては議論が遡上にあがりようもないでしょうね。
私は時価評価は、簿価のまま放っておくより「良心的である」、少なくとも実態に一番近い見積もりを開示するという意味で、やはり守るべき一線だと考えています。上場株の時価評価をやめる、とかいうのは、日本の場合は2001年以前に戻るだけかもしれませんが、米国では会計基準が石器時代くらいに戻るような感覚なんじゃないでしょうか。到底、諸外国から理解されるとは思えない。
そして、残念なのは、この件に関して結局新聞や一部の影響力のあるブログとかが、原典に当たらないで、雰囲気でモノを書いているような気がしたことですね。まあ、私だってIASBとかFASBとか英語で読むの面倒くさいですが、ASBJのサイトくらい、日本語で書いてあるんだし。
と、人の振り見て我が振りなおせ。。。ですね。そして、これはたまたま、自分の守備範囲にボールが来たからきづいたようなもので、類似のことはたくさんあるのでしょう。情報があふれる世の中というのも怖いものだな、としみじみ思いましたです。
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