アメリカではちょっと前から良く話題になっていた「時価評価をいったんやめにしないとサブプライム問題が解決しないのではないか?」という議論ですが、4月12日の日経新聞に取り上げられていたそうで、ここ数日、日本のメディアでもとりあげられていますね。
実際のところ、アメリカで現状みられている動きは、SECが上場企業のCFOに3月下旬に送ったレターですね。これは、「時価」の解釈をすこし和らげた、という程度で、時価評価をやめ、にする内容ではないです。
それに関してはCFO.Comの The SEC's Fair Value Letters: Read Between the Lines が詳しいですが、要は、今レベル2「観察可能な市場に基づくデータか、観察不可能だが市場データと関連しているデータに基づくもの」に分類しているものも、現状のマーケットを考えるとレベル3「観察できる指標がなく、自社データのような観察可能でないデータに基づいて評価される」に分類することが可能、だから、レベル2だと現在の流動性が枯渇した状況での指標を織り込んだ「低い」評価額が出てしまうとこと、レベル3でもうすこし高い評価をすることも可能かもよ。。。っということが、行間から、読めます。
このレターに関しては、日経新聞がさらに「SECからの手紙」として4月17日に解説しているのですが(直リンクみつからず)、「市場原理主義者から見れば時価会計の後退は許せない。しかし、会計士ショックによる金融メルトダウンは防がねばならない。いまは理想論を振りかざせるような生やさしい局面ではない。」って結ばれてまして、なーんてことは別にSECはいっとりませんが、なんだかなあ、です。もともとは誰の責任だったんですかね、サブプライム問題?監査が甘くても辛くても会計士のせいにされるんじゃたまったもんじゃない。。。
まあ、レベル2から3への変更の詳細は開示されますし、レベル3のインプットの重要な要素も開示されます。ので、これは、市場原理主義者で会計士の私(笑)からみても、ありだと思います。レベル3資産=良くわかんない資産、が増えることが市場からどのくらい評価されるか、ってこととあわせると、決してそんなに、緩和でもないんですけど、SECの苦肉の策感がありますな。
さて、過激に、時価会計凍結してしまえ、という議論に関しての私の会計士としての意見は、「ありえません」。ええ、そこは市場原理主義者ですから。笑。 もすこし理屈を付け加えると、以下のようなかんじです。
1.「今は流動性が枯渇しているからたまたま無価値だが、市場が復活したら価値がでるものを、ゼロで評価することに違和感がある」という議論があるが、現在の市場価格は復活する可能性、復活しない可能性までを織り込んだ価格になっているはずで、それがゼロであれば、現在の価値はゼロでしかない。
ちょっとひねくれた解説をすると、金融商品の価値って「将来のCFの期待値の割引現在価値」が本質的な価値だと思うのですね。つまり、もともと100ドルだった金融資産があったとして、将来200ドルで売れる可能性が50%、0ドルになる可能性が50%なら将来CFの期待値は100ドル。その割引現在価値が70ドルだったら、その金融商品は70ドルと評価できますよね。モデルとしてはごく一般的、でも、変数の「期待値」に根拠を持たせることはきっと無理。ただ、これと結局、同じ計算結果になっているはずのものがあって、それは結局「時価=市場での価値」。効率的な市場を前提とすれば、市場は0ドルになる期待も200ドルになる期待も織り込んで価格がついているはずなので、結局同じ計算結果がでるはずなのです。そう考えると、50%の確立で市場が復活したら200ドルになるかも、だから、70ドルの時価に目をつぶって簿価の100ドルでもいいじゃん、っていう議論は、成り立たないわけですよ。もちろん、流動性が枯渇してしまっている市場が効率的なのか、までいいだすときりがないんですが、結局、現在手元にある情報の中で一番信頼性があるものは、「時価(出口価値)」なことは変わらない。言い方をかえれば、簿価が論理的に正しい、という裏づけがどこにもない、わけです。
2.財務諸表の本来的な役割として、「比較可能性」があり、それをゆがめることは許されない。
ある国については時価評価、違う国については簿価評価、では、「国と国の比較」をして投資をすることができない。比較可能性を担保するために進んでいるのが会計基準のコンバージェンスですよね。あと、期間比較の可能性、というのも必要です。ある年は時価評価、次の年は簿価で評価、では、その会社の実態を把握することができない(まあ、この辺は、注記で情報を追加できないわけではないが)アメリカでだけ時価評価を凍結する、とかなった場合、痛手を受けている欧州や日本の金融機関もじゃあ、という話は出てくるでしょう。そして、それを、どこまで広げる?・・・
3.1.2の理由から、財務諸表の質への信頼性が失われる危険があり、そうなった場合、この金融恐慌はむしろ悪化する可能性すらある。
投資家が「もうなにを信じていいかわからない」となってしまったら、それこそ流動性が枯渇するわけで、それこそ本当に怖い。
ただ、会計士の立場からの理論的違和感に目をつぶれば、上記のコスト(ほんとは理論的にはおかしいことをやる、さらに投資家の信頼を失うリスクもある)っていうことと、ベネフィット(とりあえず事態を収拾して、なんとか金融市場を建て直してこのスパイラルを脱却する)が上回れば、「アメリカはそこまでやるだろうし、それもあり」なんだと思っています。それを、日経の記事のように「理想論を振りかざすときではない」云々って言われるとかちんときますが、単純に費用対効果の問題ですね。アメリカって、ものすごーくプラクティカルな国で、日本のように「一回きまったものを変えない」なんてことがなく、必要だったらどんどんひっくり返します(実際、SOX法だって、そうやって途中から簡素化しているし)。その辺がアメリカの節操なしに強いところでもありますし。
やれやれ。それにしても、会計基準コンバージェンスどころではなく、これって戦国時代?ですね。
>「市場原理主義者から見れば時価会計の後退は許せない。しかし、会計士ショックによる金融メルトダウンは防がねばならない。いまは理想論を振りかざせるような生やさしい局面ではない。」って結ばれてまして
これって日経の主張なんでしょうか?
不景気の最中、時価会計導入に及び腰な意見に対して、真っ向から論陣を張っていたのが確か日経だったと思うんですが。。。変わるもんですね。
アメリカのpracticalさについては賛成です。そういう合理的な姿勢が貫けるってのは、やっぱり強さだなあと思います。ええ、自分がそうでないだけに。。。
投稿情報: tsuyoshi | 2008/04/18 08:34
>Tsuyoshi-san
そう、日経の夕刊の「十字路」の記載です、ので日経のご意見なのでは?
日本のメディアに一貫性はあんまり期待してないけど、日本を代表する経済系メディアが、コントロール不能なまでにリスクエクスポージャーをつみあげた金融機関の責任に言及せず「会計士ショック」とのたまうという点でがっかり。まったく、監査が甘ければおとりつぶし、辛ければ「会計士が会社をつぶす」では、会計士もやってられないですよね。やっぱ、期待ギャップ顕在なりか。
原則があるべき(で基本的には徹底して原則を追及する)、でも、コストベネフィットに応じて非常時には柔軟に対応する、というのは日本にはできないアメリカの力技ですね。私もいまだに全然なれません。。。
投稿情報: lat37n | 2008/04/18 17:59
欧米にとってはルールは守るべき契約だけど,契約なので,必要に応じて作り替えるべきだ,という考えがある一方で,日本は「ルールはお上から降ってくるもの」という考えがあるから,ルールに現実を合わせようとする傾向が強い,っていうようなコメントをよく目にしたことがあります.ちょうどスキーのジャンプや複合の競技で,日本勢がメダルを独占してた時,その後に日本の強みを消すようなルール変更が大がかりに行われたときに,こうした議論をよく目にしましたね(その後,無敵を誇っていた萩原選手とかがさっぱり勝てなくなったので,なんて効果的なルール変更なんだ,って感心しましたが・・).政治経済の枠組みにせよ,スポーツの分野にせよ,日本が率先して国際的なルールを先導して整備していく,ってくのはあんまり目にしたことはないですね(柔道ですら,日本の発言権は低く,欧米主導でルールが整備されていく).このあたりの国民性や思想の違いを突き詰めていくと,おもしろいかもしれませんね.
投稿情報: JY | 2008/04/18 21:38
こんにちは。毎回読んでときどきコメントする読者です。
欧米の契約思想ってユダヤ教の「(神を与えた)律法と契約条項を守れば恩恵を与える、破れば不幸を与える」に端を発してると学んだ記憶があります。
なので臨機応変にコロコロ契約を変えても、それが神の意思(と見なせる)ならアリ、なのかなと思ってます。片やわが国は、人と人のお約束なので「契約変更を考えることすら不謹慎」みたいな感じかと。
いずれにしても会計士をスケープゴートにして溜飲を下げるメディア(国民?)はなんだかなぁと思いますし、やっぱり(劇場型政治と同様)劇場型会計が好まれるんでしょうかねぇ。
投稿情報: kei | 2008/04/18 22:04
>JYさん
なるほど、欧米ではルールは契約か、だったらamendment#1 とかってどんどんリバイスしていってもお互い納得しているならありなんですかね。
日本のルールが硬直的なのは、作った人の面子、ってやつにこだわりすぎてるんじゃないのかな、と思ってました。欧米はきっと、ルールを変えることになっても元の作成者の能力が問われることはなくて「状況が変わったから仕方ないよね」って話になって、日本は「最初に作った人が責められる、だから変えない」みたいなところもあるような気もします。
投稿情報: lat37n | 2008/04/18 22:50
>keiさん
この市場の惨状は神も許したもうぞ、ってことですか?だとしたらずいぶん金融機関に都合のいい神様ですね。。。
まあ、一方で、時価評価で負債の評価替えして結果利益が出ちゃうケースはいいのか?なんて話もあります。世論を左右しかねないメディアには幅広い情報を汲んだ上でコメントして欲しいんですよね。そうかまた会計士が悪いのか、って、この前まで監査を厳格化せよ、クライアントと癒着するなって言ってたのは誰、って思います。
投稿情報: lat37n | 2008/04/18 23:02
はじめまして。
初めてコメントですが、
「時価=市場での価値」っていうのは疑問です。
そもそも、流動性の枯渇について、マネーの流動性と、今問題になっている証券化商品の市場流動性を混合して考えてませんか?
時価評価を見直さなければいけないのは、マネーとしての流動性が枯渇しているからではなくて、もともと流動性が薄い商品の価格のボラティリティをそのまま時価評価することに問題があってのことではないでしょうか。
確かにJGBのマーケットはある程度効率的かもしれませんが、問題になっている証券化商品のマーケットは効率的だと言えるでしょうか。
否、言えません。
市場で流通している価格(証券会社や投資家が決める価格)が常に正しいのであれば、今回のようなサブプライム危機は起きなかったんじゃないでしょうか?
つまり、レベル2と3に分類するにあたって、市場の流動性とかポジションを保有し続けることができる自己資本の厚みなど客観的な判断基準が必要で、流動性のない商品については、時価評価の基準を緩めるというのが適切だと思うのですが、いかがでしょうか。
すくなくとも、会計士協会の偉い人が厳格にと通達をして保身に走りたい気持ちも分かりますが、適切か適切でないかの議論がされる前にああいう通達をしてしまうあたり、センス(常識)を疑いました。
投稿情報: はまっ子 | 2008/04/19 08:55
>はまっ子さん
レベル2か3か(インプットがObservableかそうでないか)というところについての判断を会社に委ねる、という意味での時価評価の幅の拡大は、私も賛成していますよ。でも、レベル3で評価したとしてもFair Value評価の枠内です。
その、流動性の判断を会社が公正にするスキームをあるなら、流動性が低い=簿価ではなく、レベル3に区分して合理的なモデルを使う、という範囲のことは、今回のSEC Letterの枠内の話でして、私もそれは合理的なのかな、と思っています。浜っ子さんのご意見もそのあたりにあるのかと思いますがいかがでしょうか。
もちろん、自分の「時価=市場での価値」というの議論は基本的にレベル1資産にしかあたらない、というのは理解しています。でも、今日本でつつかれている「時価評価はやめにしないと」という議論は、そもそもそういうものまで簿価で評価しろ、といっているように見えます。(まあ、バブル崩壊後の減損評価を見送る時の議論と一緒ですね)それは、根拠がないんですよ、ってことです。
それにしても日本語にするとFair Value=時価(Market Value)となってしまうのが、ちょっと書きにくいですね。公正価値と書けばいいのか。
投稿情報: lat37n | 2008/04/19 16:40
時価会計が一気に吹き飛んでしまいましたね、、。
今、どう思いますか?
考えに変化はありますか?
もしよろしければ、どう思われるか聞かせていただけたら嬉しいです。
差し支えなければ、どうぞよろしくお願いします。
投稿情報: 時価会計 | 2008/10/16 07:22
10月1日のエントリーもごらんいただけばわかると思いますが、私の考え方はこのときと変わっていません。公表されている指針等をお読みになればわかると思いますが、「時価会計」の基本は何も変わっていないですよ。今いろいろリリースが出ていますが、あれらは公正価値の評価方法の考え方を整理し企業側に判断の余地を大きくしたものであって、暴落した上場株を取得価格で評価できるようになるわけでもないですし、クレディット関連の金融商品も、コンスタントな時価があれば時価です。
恐慌対策としてはそれだから効果がないんじゃ、っていうのは別の議論ですが、ルールを弄って下駄をはかすことは片手落ちっていうのが私の見解です。
投稿情報: lat37n | 2008/10/16 15:15
ありがとうございます。
10月1日のエントリーは読んでませんでした。汗
いつもながら、ためになります。
クレジット関連の証券化商品の時価評価は難しいですよね。
今やコンスタントな時価なんて存在してませんし、もし存在するなら一体誰が評価できるのか?
そんなものできる人がいたら、FRBに協力してあげるべきですね。w
投稿情報: 時価会計 | 2008/10/16 17:38