東京は連日35度を回る暑さだそうですが、サンフランシスコは気持ちのいい日々が続いています。今年の夏は例年になく気候がいい感じで、もともとBayに近い私の家の周りは霧はあまり出ないエリアですが、夏にこれほど晴天が続くことは珍しい。晴天でも気温は上がっても22-3度というところ、夜には長袖が要りますが、実に快適。
さてさて、日本にいた頃の後半は金融業を、アメリカにきた当時はソフトウェアばかり担当していたため、むかしからすきだったはずの原価計算にあまり触れることがない会計士ライフだったんですが、ここ1-2年半導体関連を担当するようになってやはり原価計算は奥が深い、と感じ入ることしばし。ということで珍しく会計ネタ。
あるクライアントにて、ここ数四半期、標準原価差異の金額が原価配賦額とほぼ一緒、という困った状況が続いておりました。
原価計算というのは、「会社経営にかかわるコストのうち、作っている『モノ』にかかわるコストだけを抜き出して、モノにかかわるコストを正確に計算する」という会計手法です。アメリカのCPA試験においてはBusiness Environment and Conceptという科目の中の20%ほどのボリュームをしめるに過ぎないですが、私が受験していた当時の日本の会計士試験の中では重要科目のひとつ。製造業立国であるところの日本らしい風潮ともいえるかもしれませんし、「原価計算がわかっている」というのは日本の会計士にとってはとても大事な能力とみなされていたように思います。
標準原価計算というのは、上記の「コストを計算するとき」の要素、労務時間、材料単価、などを「標準単価」で決めておき、モノひとつつくるのに決まっているコストをあらかじめ標準化しておく、という計算方法です。実際かかったコストとの差異は「標準原価差異」として認識され、分析され、内容に応じて会計処理されます。この手法には、「実際かかったコストを期末後に改めて集計して計算するより時間が短縮できる」「標準単価を決めて分析することで経営管理に役立つ」というメリットがあり、たいていの企業で実践されているのではないかと思われます。
それにしても、配賦額と原価差異がほぼ同額、というのは異常事態。つまり、「この製品を1個つくるのに10円かかります」という単価を設定していたら、実際は「なんかわかんないんだけど20円かかっちゃった」という状況なわけであります。
- 材料受入価格差異を除いて,正常な原因で生ずる差異はこれを売上原価に加減する.
- 材料受入価格差異および実際原価計算制度における予定価格などが不適当なため生ずる比較的多額の差異は,これをすべて売上原価および棚卸資産価額とに配分し,それぞれに加減する.
- 異常な原因による差異はこれを非原価項目として処理する.
とされておりまして、実際のところ、「今期製造した製品のうち、売り上げた分については売上原価に加減算、期末在庫になっている分については棚卸資産に加減算」という処理をするわけです。が、事例のような「不利差異-コストがおもってたよりも多くかかった」な状況の場合、棚卸資産にもその余分にかかってしまったコストを加算、するわけですが、それがもし「異常な原因」であれば先延ばしせず今期に費用処理してしまう必要があります。(米国基準上はSFAS154に原価差異の処理方法の規定あり)
問題が発生した決算期には、監査チームと会社の間で喧々諤々の議論。これは果たして棚卸資産に加算していいのかいけないのか、を延々議論することに。まずいことに、会社側の差異分析は十分ではありませんでした。おりしも四半期に一個ずつ会社を買っては合併した、という急成長中の決算期でそちらの処理で経理チームはいっぱいいっぱい。投資銀行上がりのCFOは他社買収には熱心ですが、そういう地味な足元の問題には一切興味を示さない人で、担当パートナーの苦言にも「俺は原価計算とかよくわかんないから」とまともに話を聞こうとしない。
結局、今期オーダーが予想よりも低くなり、稼働率が従来よりも低かったのだけれどそれは正常な経営環境のなかでの売上の推移によるもの、という結論を出し、原則どおりに棚卸資産にも配賦。次の四半期には標準原価を改定するのでそこで現在の稼働率も織り込まれて差異もでなくなるだろう。。。という結論にいたりました。
ところが、次の四半期、標準原価の改定をしたにもかかわらず、差異は消えず。15円で作れるはずの製品に今度は25円かかっている。。。というような状況に。
次期四半期の間には会社の中ではさまざまな動きがありました。まず、合併をやたらと繰り返した結果、売上高の上昇以上に重くのしかかる統合コストを抱え込んだ会社は、なかなか合併のシナジー効果を発揮できず、どんどん利益率は下がる一方で株価は1年で急下落。責任を問われCFOは会社をさったのですが、新たに人を雇わず、もともとのCAO(Chief Accounting Officer 経理部長)がCFOに自動昇進という人事となりました。もともと監査畑の会計士だった新CFOはコンサルタントを雇ってその原価差異の分析を開始。結果わかったことは、まずは、合併作業中に行われたある決算期の標準原価の改定からおかしくなった、ということ。差異の主な原因は合併後の会社の設備が現在の受注量ではやはりオーバーキャパシティであることと、なによりも、「標準作業時間」がおかしい、、、という結果でした。
標準作業時間は、単価を決める重要な要素。この工数を仕上げるのに、これだけの時間がかかります、というものですが、
- 過去の実績を平均して標準直接作業時間数とする.
- 作業及び製品についての経験や知識によって,標準直接作業時間数を合理的に見積もる.
- 正常な状態のもとでの作業の試作に基づいて,標準直接作業時間数を設定する.
- 予測される状態のもとでの各作業について,別々に時間研究及び動作研究を行い,各作業別の標準直接作業時間数を設定する.
ということになっております。
こちらの会社は手法としては上記4を採用、各製造チームから「正常な状態での作業時間」を提出させ、それを計算に織り込んでいたのでした。しかし、合併以降、その会社のエンジニアには異常なほどのプレッシャーがかかっていました。つまり、自分たちの工数が他の合併した企業よりも悪いとなると、部署ごとレイオフの対象になるのではないか、という恐怖感です。なので、合併作業中に行われた標準原価改定においては、各部署で、実際かかる時間よりも低め低めに見積もった「標準作業時間」が提出されてしまっていたのでした。ゆえに、本来は25円かかる製品が15円でできます、というような原価標準が設定されてしまった、ということなのです。
この話は、会計監査に従事している自分にとっても身につまされる話。実際のところ、かかった時間よりも「過小に」チャージしてしまった経験がない監査人はいないと思います。理由は、自分がかけた作業時間をレビューする上司に対し自分を無能には見せたくないので「これだけの作業にはこれだけしかかかりませんでした」という見栄を張ってしまうんですね。結果、何が起こるかというと、翌年の担当者が同じ時間数で同じ作業をやることとなって「前の人もこれだけしか時間かけていないなら自分もこれだけしかチャージできないな。。。」という気持ちになって、過小にチャージすることを繰り返してしまう、というスパイラル。われわれ実際原価計算ですのでちょっと状況は違いますが、気持ちは痛いほどわかって、事情をコンサルタント氏から聞いた私とパートナーは苦笑いするしかありませんでした。
会社はコンサルタントをつかいながら、「実際作業時間」から正確な標準作業時間を再計算。製造はコストの安いアジアにかなりの部分を移管する方針。不採算な作業工程は外注することでクローズ。次期にはこんな差異はでないから、とコンサルタントもCFOも自信満々。
その過程でレイオフだ何だはかならず発生するわけで、誰にとってもハッピー、だとは申しません。ですが、やっぱり原価計算は嘘をつかないのだわ、と納得した私。何かおかしなことが発生していたらかならずこういう形でひずみがでる。そして、そういった「おかしなこと」に早期に気付けるのが会社の能力のひとつかもしれない、などと思ったわけであります。
私は金融業ばかり担当しているので、原価計算は受験勉強で得た知識しかないのですが、記憶が呼び覚まされたようで面白く拝読しました。私の合格した年は原価計算の出来不出来が合否を分けたのですが、製造原価が割り切れずにとても焦った記憶があります。
前年度の担当者が優秀だと、過少チャージが加速されて困りものですよね。自分にも思い当たるふしがとてもあります。
投稿情報: Beer Belly | 2007/08/05 14:26
>Beer Belly -san
私が合格したときも原価計算が難しくってまったく訳のわからない「材料費計算」とかあってパニックになりましたね。。。
受験以降、最初に担当した素材メーカーは数万回の配賦計算が複雑すぎて下っ端の私にはよくわからない世界、その後金融>ソフトウエアと来て、改めて触れなおしておもしろいものだ、と思った次第です。将来、標準原価計算の解説する機会があったらこれをケーススタディにします。笑
投稿情報: lat37n | 2007/08/05 21:23
ちなみに僕が新人の頃担当していた埼玉に工場のある会社(lat37nさんもよくご存知の)では、このケースとは逆に毎年有利差異がばんばん出てました。理由は標準の見直しがめんどくさかったから。「予定よりも改善できた!って感じでいいじゃないですか」ってオイオイ。。。
教科書的な話をすれば、標準原価計算を能率管理ツールとして役立てるのは、経営環境が安定してないと難しいですね。特に合併が続くような状況では。
原価計算は経営トップにあまり省みられない分野のひとつで、原価マニア会計士としてはよく悔しい思いをしました。「売原と在庫が入り繰るだけじゃない」ってそれってすごい大事なことなんだけど。そもそもきちんと原価計算してない会社って、何売ったら儲かるかわからないと思うんですが。。。
投稿情報: tsuyoshi | 2007/08/06 01:55
>tsuyoshi-san
そうなんですよねー。>経営環境が安定してないと難しい。
この会社はSOX対応で作ったキーコントロールの中に「アニュアルベースでの標準原価の改定」というのがあるんですが、改定も差異分析も、コントローラーがサインしてればそれでおしまい、なのね。形式的チェックでは結局何も拾われないという好例だとも思いました。
埼玉の会社も合併・スピンオフ、常に何かあるって感じでしたものね。ああいう状況になるとこういう足元の問題を忘れるのは簡単で危なっかしいですね。
投稿情報: lat37n | 2007/08/06 07:23