2009/06/21

サンフランシスコ湾の光景が明石海峡とそっくりである件

なんだか、ブログをしばらくサボってしまいました。 

その間、世界では、GMが国有化され、日経平均はいったん一万円をこえ、梅田望夫さんの「日本のネット」に対するインタビューが「炎上」し、

私は2回海外出張にいって、時差ぼけの結果眠い会議を延々とこなしながら「時差ぼけしていても会議で寝ない薬を誰か開発してくれないか」と真剣に考え、 
何度かおいしいお食事と、おいしいワインを頂いて、何度か飲みすぎて翌日にちらりと後悔しでもまた飲みに出かけ、
結構な数の本を読み、ワークアウトに週二回かよい、腕立て伏せをやりすぎて今は実は左腕が上がらなくて(大馬鹿)
家のテレビが46型に置き換わり、その画面でクリアに大写しになった某元総務大臣のご尊顔にぎょっとしておもわず「・・・テレビは小さくてよかったかも」とつぶやき、 
久しぶりに実家に行くと、私の顔を見ては泣いていた甥っ子が笑顔ではいはいをしながらやってくるのにノックアウトされ、子どもが成長する速さに驚いて、

  ・・・私にとっては普通の日常でございました。元気だし食べ物はおいしいし仕事はそれなりに忙しく日々はあっという間に過ぎていく、と。

 ちょうど、On off and beyondで千賀さんが 「ちなみに、こういう風に間があくと、書くネタは頭の中でかなりある。で、それはどれも、複雑だったりディープだったりする。で、そういうのそきちんと書こうとすると、ものすごく時間がかかるんだよね、と思うと書きたくなくなっちゃう・・・という「ネタの重み」に押しつぶされる状態になる。」 と。

そうなんですよ。で、私の、複雑だったりディープだったりする話、というのは「アメリカの多国籍企業に対する課税強化の話」という、自分にとってだけの「趣味と実益」というか、読者目線が入らない「複雑な話」だったりするわけですが。いえ、調べたので書きます。書きますが、Greenbook とか読んでたら自分がどれほどアメリカの税法を知らないかも痛感したので迂闊なことも書けなくなり、、、 

ここは、 「サンフランシスコ湾と明石海峡が激似である件」 についてでも。

梅雨に入り、私がiGoogleのトップページにまだ置いているサンフランシスコの天気を見るたびに「あー、さわやかに晴れているんだなあ」とか望郷の念に駆られているんですが、  「同期会計士仲間」であるcpainvestorさんのブログでサンフランシスコの写真を発見し、 「なんだぁ、サンフランシスコにいくのに私に何も言わないで行くなんて水臭いなあー」と思いつつページをスクロールし、 「今日の写真は、播磨の国、舞子の浜から見た明石海峡と淡路島です」というコメントに驚愕。

勝手にお写真をお借りしますと、 これ、明石海峡

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これ、サンフランシスコ

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 似てますよね? 角度がぴったり(もっと島が移りこむ角度)な写真が探せればもっとにてるんですが、家にあるサンフランシスコ時代の写真をひっくり返してもなかなかどんぴしゃ、なものは出てこなくて。

サンフランシスコの場合、淡路島の位置にTreasure Islandがあるのだけど。 私の心の故郷サンフランシスコに似た光景を見に、舞子に行かなくてはいけなさそうです。

 最近、前の同僚たちにもらったデジタルフォトフレームを職場にセットし、仕事の間にサンフランシスコの光景を楽しんでいます。うーん、そろそろあのぱきっとした青空と乾いた風が本気で恋しいです。

さくっとでかけてきてしまおうかなぁー。。。。

2009/05/08

The "Goodwill" send his angel…?

 先日、上海にて、とても久しぶりにカラオケに参りました。その時同僚がうたうU2の"The god will send his angel"の歌詞がモニターに映るのをぼーっと見ていて、God will…の部分がGoodwillに見えて「えええっ?」と思った私は、疲れているのかちょっと病んでいるのか。。。

Goodwill は最近の米系企業で相当ホットなトピック。 2006-2007にたっぷりプレミアムを乗せた買収が多かった名残で、2008年後半から米系企業の営業権の減損がすごく多くなってます。(参考)つい先日のニュースですが、シマンテックは2009年3月決算期で74億ドルもの減損費用を計上してます。年間売上高が61億ドルの会社なので、売り上げがすべて吹っ飛ぶのれんの減損。ってなんとも、おそろしい。。。

USGAAP(もIFRSも)のれんの定期償却がないので、減損のインパクトはでかいです。買収3年目って2年目までは「来年から利益出ますからー」とかいってたのが「どうやらダメ」というのが露見する、「それがよい(おもには価格的な面で)買収だったか」というのが財務諸表に表れてしまう時期なんですよね。最近若干株価は持ち直しているけど、企業業績に関しては未だ光見えず、ところなので、今年はちょっと持ちこたえられないという営業権を抱える会社はおおいのでは。

 個人的には、GoogleのYoutube買収による営業権、2006年に16.5億ドルをつぎ込んで営業権計上額が11億ドル超、とか、2009年はどうなんだろう~?と気になってます。 ちょうどTechcrunchでGoogleの株主総会前の記者会見 という記事が上がってたんで読んでたんですが、CEOのエリック・シュミット自ら、“believes youtube will eventually be a successful and profitable business. I don’t know how long it will take."とかいっちゃってるあたり、将来計画の不確実性が高すぎて、会計的には厳しそうな。買収当時で売上高が1億ドルちょいちょい、いまだ年間の推定売上が2億ドルということ、お尻の数字はわかんないけど2008年も損失を累積しているということからは、この営業権すごい重い。ともかくトラフィックが重いためサイト運用損失がつみあがっている一方、広告から利益がでるところまで行っていないというのが現在のビジネスモデルなのでしょう。

しかも、ネット動画マーケットにおけるシェアも、大手ネットワーク局公認(NBCとNews corp 出資)で、人気テレビシリーズの今シリーズものを合法に流すHuluという強敵の出現で(参考記事こちら)  だいぶ食われている節があるんですね。 Hulu,日本からは著作権の関係でみれないので、あまり知られてないかもしれませんが、アメリカではあっという間にメジャーになりました。わたしがHuluを知ったのは、アメリカにいたころ、残業中、わたしとカープールしてたため付き合いで遅くまで残ってた後輩が、私と一緒に残業中のパートナーの隣で堂々とパソコンでHerosをみてて、あとで私が怒られた(私の権限移譲が不十分だからシニアが暇なのだろうと。中間管理職ってつらいのですよ。。。)ときなんですが、合法コンテンツであるがゆえ、最初っからノンカット版のテレビ番組を提供できたし、画像もYoutubeに比べ鮮明でみやすい。今年中にHuluの売上高はYoutubeを抜くとも言われてる。 一方、Youtubeも長時間番組の本格的な取り込みを始めたようで、まだまだYoutubeは負けない、って話もあって、この辺はここのところずっと議論が熱いです。

  ・・・こういう話をきいてると、まだまだ勝負はこれから、なのだろうけれど、会計的には買収3年たってもいつ利益が出るかわからない、というのは辛い。2008年のダブルクリック買収(32億ドル、営業権計上額は23億ドル)というのもあるし、アグレッシブに買収をしてきたGoogleにとって「適正額での買収をしてきたか?」というのは今後問われるとことになるんじゃないかな、と。

しかし、あらためて、2008年は、上場株の少数持分投資から10億ドルくらいの減損(AOLで7億、Clearwireで3億って感じで株式評価損がでている)が発生して、その上で過去最高益を達成してるのだからGoogleってすごい会社です。そのくらいの損失は抱えられる会社なんで、Youtubeが利益がでるまで抱えるくらいの器量もあることだし、あんまり心配いらないのね、という見方ももちろんできます。しかも、上のリンクで紹介してるPwCのリサーチによるとGoodwill impairmentによる株価へのインパクトは昨今限定的だとか。マクロ要素で株価がそもそも下がっているのせいなのか、株価にはすでに織り込み済みなのか? 興味深いですね。

(ちなみに、当ブログは、特定の投資勧誘するものではなく 投資に関する最終決断は、ご自身のご判断で行っていただきますようお願いいたします。)

2009/05/07

台湾で骨抜きになった休日

実は10何年ぶり?にゴールデンウィークというものを楽しんだ今年。


アメリカにはゴールデンウィークのお休みはないですし、日本で会計士をしていた当時はまだ決算が遅い会社が多くて、決算発表目前の5月の連休に休めることはなかったし(最近はちょっと変わってきているようですが)さかのぼれば学生時代に会計士の受験をしていたころも、短答式試験の直前である5月の最初は引きこもって勉強をしていました。

今年はカレンダーの並びがよくて、カレンダーどおりでも5連休。その休みをつかって近場で楽しもうと、台湾まで行ってきました。

Taiwan

台湾、わたしは2回目なので、観光とかはもう全部済んだ気になっており、今回はおいしいものをたくさん食べてだらだらする目的。毎日朝から「どこで何を食べるか」だけを考え、夜は台湾式マッサージ、本当に骨抜きな休日でした。幸せー。やっぱりディンタイフォンの小籠包は台湾が一番おいしい。死ぬまでにあと何回かは絶対に食べたい食べ物のひとつ。

前に台湾にいったのは確か6年くらい前ですが、そのときから思っている台湾の日本人にとってのユニークさは、世界でも珍しく相当な確率で、片言でも日本語が通じること。(ただ、英語も片言しか通じないので、中国語を話せない以上はコミュニケーションの成立はそれほど楽ではないですが)。日本統治時代があったという歴史上の過去に関しては語りにくいですが、若い世代に関しては、むしろ日本の文化が好きで日本のドラマなんかを普通に見て育っているゆえに、片言の日本語を解する、というのが彼らの標準的な日本力。西門町という原宿みたいなエリアをあるくと、どれほど日本語の看板が多いかにちょっとびっくりしますし、コンビ二がそこらじゅうにあって、日本と同じものが売っているのも最初びっくりしました。こんな「日本っぽい」ところがワイキキ以外にも世界にあったなんて(笑)、という。

昔、日本で勤めてた事務所で、「独身の男性を駐在に出すと帰ってこない国」というのがいくつか言われていて、どこも特徴は
1.食べ物がおいしくて
2.気候がよくて
3.女性がかわいくてやさしい
というそうで。その中で、当たり前のように台湾がトップに来たのも、今回骨抜きになってみてしみじみわかった気がします。しかも、アジア系のほかの国々に比べて、仕事環境はだいぶマイルドなんだとか。上海、香港あたりだと、駐在でも相当労働時間が長いと聞いているので、それに比べるとだいぶ落ち着いた環境らしい。

でもって、ひっくり返してアメリカと比べると、ややや、3つとも。。。あてはまらない、のかも?かわいい女性がたまにいても、日本の一般的な男性目線でかわいくて「やさしい」女性を見つけることに関しては相当難しい国だといえますしね。。。ベイエリアは例外的に気候はいいですが、アメリカのほとんどのエリアは気候は厳しい部類だし。

ということで、新型インフルエンザ影響で北米への渡航を自粛中の折、アジアづいていたここ最近なのでした。さて、次はどこに行くかな~。

2009/05/06

それでも、海外で働いてみてもいいんじゃない?(2)

さて、1)日本はもう立ち直れないのか、についてもおもうところを、考えてみる。 


1.日本経済は成長しない。 

立ち直れない、という言い方が刺激的過ぎるのだけど、その前に「日本経済は成長しますか?」という問いをはさむと、「成長はしない」わけです。これはわたしの意見ではなくて、統計が言っていること。池田信夫氏が「希望を捨てる勇気」というこれまた、数週間前に物議をかもしたブログで紹介しているように、2008年の経済財政白書が想定する日本の潜在成長率は、今後30年にわたって1%に満たないんですよね。今回の金融危機を織り込めば実質マイナス。

内需メインの製造業の低迷をみれば違和感のない数字で、日本は成長しない、日本の外にものを売るしかない、激しい価格競争にさらされるため結局製造拠点を海外に移すしかない、ゆえに労働需要もどんどん減って、とこの問題はループしてます。「リーマンショックで」と昨年末の派遣村騒動のときによくテレビが紹介しているのをみて、違うだろーとずっと突っ込んでいたのだけど、金融危機はこの問題を表面化させる役割を果たした、という意味では、日本にとってはしかるべきタイミングでおきたのかも、とすら思います。

 人口が減るから成長率はさらに低くなり、成長しない国に新しい命がはぐくまれない。というのが、友人がおくってくれたまたショッキングなこちらの記事「人口学が警告する日本の転落」。数字でみる日本はさらに「衰退しつつある国」。

 「人類史上類を見ない速さで少子高齢社会に突き進んでいるので、「若年人口爆発→社会の不安定化」のような経験則には頼れない。しかし、人口構成がどのように変化するかは、ドラッカーの言葉を借りれば「すでに起こった未来」としてほぼ確定している。国立社会保障・人口問題研究所の推計によると、30年後の2039年には人口の過半数が55歳以上になる。これは日本が巨大な「準限界集落」と化すことを意味する。」 

準限界集落って言葉の響きが怖い。限界集落(げんかいしゅうらく)とは、過疎化などで人口の50%が65歳以上の高齢者になり、冠婚葬祭など社会的共同生活の維持が困難になった集落のことを指すそうで、限界集落を超えた集落は「超限界集落」から「消滅集落」へと向かう、のですって。(以上wikipediaによる) 消滅。。。

2.成長しないのはそうとして、立ち直れない? 

しかし、成長しない。。。のは多くのEU諸国もそうなんだし、ある程度成長してしまった国の宿命でもあり、それだけで悲観することはないはずなんですよね。多くの日本企業は「日本市場はマクロとしては成長しない」ことを前提に戦略を打っている(はず)し、国家としても戦略的に立ち回ったら?、というところで、政治の舵取りにまったく期待ができないこと、「世界に類を見ないスピードで」成長した日本は、またしても類を見ないスピードで転落しそう、というあたりが、「立ち直れない」という議論になるのだと思う。

 この先は非常に定性的な議論しかできないけど、日本に帰ってきて、ご飯おいしい、洋服かわいい、とはしゃいでいたわたしですが、もともと優秀だった友人が仕事が忙しすぎて鬱になってしまい会社にいけないとか、働きたい女性の友人が、子供が保育園待機中で仕事に復帰できなくて困っている、とか、普通に会社勤めをする友人が「3人目の子供がほしいけど、経済的に不安」なんていうのを聞くたび、こんなことは、自分にも簡単に起こりうるわけで、自分たち世代にとって相当いきにくい社会が目の前に開けているのを肌感覚として感じます。 

この前会計士友人たちと飲んだときは、地方の再生案件にかかわっている人が何人かいて、どれほど地方の地盤沈下が深刻化という、東京と海外という目線ばかりになりがちなわたしが知らない日本の別の姿を生々しい経験談としてきいて、自分に見えていない日本がいっぱいあるのを痛感したし、 連休中珍しく3時間くらいテレビをつけていたら、「定職に就けないため結婚ができない男性」「生活保護も受けられず体を壊すまで働く母子家庭のお母さん」「将来に希望のない若者たち」という話題が延々とつづき、こういう話題って自分が子供のころに光が当たっていなかったな、それが今これほど問題になっているということは、社会の「底」がぐーっとあがっていっているんだろう、という怖さを感じました。

なんというか、自分の生活はすごく薄い氷の上に乗っているんじゃないかなー、と言う感覚。

3.だから何ができるかっていうと 

にしても、海部未知さんがおっしゃってるように「日本という怪物」は大きい。んで、マクロな話を大上段に振りかざすより、実際にこの世界を行きていかなきゃいけないわたしたちは、自分の生活をまもりながら自分にできることをしていくしかない、とわたしは思ってます。そういう人が増えると、少しずついい方向にむかうんじゃないか、という効果ももちろん期待。 

興味ぶかいのは、若い世代からお年寄りまで「日本はやばい」っていってることで、にもかかわらず何も進展していないところ。先日、金融系ブログ&関係者飲みに顔をだしたところ、今のエスタブリッシュドな経営者世代は「日本をなんとかしなきゃ」というテーマが大好き、そのテーマであればすぐ人が集まる、、、というようなことが話題になってたんですが、そもそも、明治の最初から日本は基本的に、他の国とわが国をひき比べて、やばいやばいと焦っているのかもしれないな、と。そういう、自己批判的な姿勢は日本のいいところでも悪いところでもあるとおもってますが、「坂の上の雲」の時代ではないので、個人の力が即国家を引っ張る、というには日本の制度は複雑になりすぎてしまってますよね。 

4.というところで、、、

最初に戻ると。1)日本はもう立ち直れないと思う。だから、2)海外で勉強してそのまま海外で働く道を真剣に考えてみて欲しい。というのもひとつの生き方。それについて、「日本を棄てるのか」という議論は狭すぎるでしょう。だれだって生きていかなきゃいけないわけですから。

ちなみに自分の感覚として、海外でいきてくの、むちゃくちゃ大変。その辺をがんばってきた海外在住者の中にはきっと「こんなに大変なことなんだから価値もあるはず」という意識を持っているひとはいなくはない。。。アメリカの話しかできませんが、アメリカに居続けるのであれば、ネイティブでない英語でビジネス界で生きていくのはしんどいし社会保障も薄いし(アメリカでは、友人が、父上が脳溢血で倒れて1週間入院したら医療費が2500万円に及び、涙ながらに子供の将来の進学資金を取り崩し父親の医療費に充当する。。。のを見て、なんて恐ろしい国だと思ったことがある。公共インフラの整備度合いは、先進国の中で最も薄いと思う)良い環境を保ちたければ住居費も日本よりたかいし、いろんな意味で頭が痛いです。

ただ、日本でほどとがった方にいなくても、自分が死ぬまでくらいは今と同じ程度安定した環境を望むことはできるのかも、という安心感はあります。アメリカって、優れた教育・研究機関がそろってて、金融危機がおきようがなんだろうが、アメリカに移住したい人たちが首を長くしてビザを待っているような国で、国としての底力をほかの国が支えるという構図になっており、そこは仕組みとしてすばらしく強い。その、世界連動型というしくみ自体、「ひとり老衰していく国」になってしまった日本とはやっぱり違うんですよね。 

・・・話がそれたけど、「海外に自分の拠点を求める」というのは、上述したように厳しいけどこの時代のサバイバルのひとつの解ではあります。けど、すべての人が日本をでる必要もなくて、日本の中で「エッジ」でいることも、海外に出なくても十分なサバイバルではないかと(その辺は千賀さんもちゃんと文中で書いてるんだけど、そこまで読んでないで反論してる人はいっっぱいいるんだろうな。文章で自分の言いたいことは結局少ししか伝わらないということなのでありましょう)。

IT系「流しの」コンサルタントである友人が、そちらの業界では、日本のなかで結構面白いことが常におきているので、日本でエッジな人たちが海外でなにかをやるというインセンティブが意外とない、ときいてそういうものかー?と思ったのだけど、少なくとも、産業をリードしているのがわたしたち世代、という、やわらかいエリアでやっていくというのは、ひとつの解。76世代、という言葉があるように、そちらの分野では現状への閉塞とは無縁の同世代が活躍していますし。ファイナンスやコンサルティングの世界でも、同世代で企業のマネジメントがたを導く提言をできるプロフェッショナルは確実に存在するし。

 一方、20代後半にいったん海外にでたわたしは、 個人的には、海外といったりきたり、日々海外とコミュニケーションをとることが普通の層がもっと増えると、日本が世界に対し「付加価値の高い業務」を輸出できる国として存在感を発揮するという、製造業立国としての役割を終えた日本が生きていく術もあるんでは、と言う希望も思っています。たとえば、「日本の会社として海外の会社の頭脳労働をする」というような分野で価値がだせる余地。

 なので海外とのつながりは切らないことで、日本以外の国の成長も自分の糧にできるようにリスクヘッジしつつ、日本が住めない荒野になってしまったら海外移住の可能性ものこしつつ、当面は日々、普通の日本人として普通に海外と仕事をする、普通のプロフェッショナルであることで、ちょっとでも日本の産業構造の転換に寄与できたらなー、ということを、淡々と続けていくかなー。でもって、自分にそういう可能性と視点を与えてくれた、ということで「海外で働いてもいいんじゃない?」とわたしは思っております、はい。

ちなみに、書いている間に、ずっとまとまった書き方で、わたしの言いたいことは全部言われた!と思ったのがこちら。

2009/05/05

それでも、海外で働いてみてもいいんじゃない?(1)

渡辺千賀さんのエントリー「海外で勉強して働こう」は、それに対する周りの反応含めずーっと読みながら、考えを整理しておりました。帰国して4ヶ月ほど、ずっと考えてきたこととも直接にかかわりますし。その間に、とうとうYahoo!ニュースにまで取り上げられてしまって、国民的話題になりましたね。実名ブログで意見を明確にした千賀さんの勇気には敬服。ですが、それに対するネガティブなコメントの嵐にもちょっと、考えさせられるものがありました。で、完全に出遅れたけど、ゴールデンウィークスペシャル?ということで、おひとつ。

千賀さんのおっしゃってることのうち、

1)日本はもう立ち直れないと思う。
だから、
2)海外で勉強してそのまま海外で働く道を真剣に考えてみて欲しい。


のうち、(1)は非常に大きい問題ですが、とりあえず今日は飛ばさせていただいて、私はまず、2)に関しては全面的に賛成。1)だから2)、というよりは、2)自体が面白いことだからやってみたらどうだろう?と思ってきたわけです。でもって、帰ってきたければ帰ってくればいいし、海外をベースにしつつ生きていく、というのでもいいし。

一応ディクレーマーをつけとくと、わたしアメリカ以外の海外に住んだことがないので、私の視点は常に「アメリカと日本の比較」によるもの、になっていますし、「留学したり海外に仕事で移住したりできない人はどうしたらいいんだろう」という部分の解は正直ありません。でも、「生まれた国以外で普通に働くこと」がこれほど特殊な国民も実は少ないんじゃ?というのがアメリカ時代からの自分の感覚としてあって(「アメリカで働く普通の外国人」で書きました)、そこでも書いたように、世界と共通の言葉や共通のビジネスのバックグラウンドをもち、自国以外にさっさとでていって、そこで普通に仕事をして、っていう軽やかさが日本人にかけているということが気になってました。もう少し、そういうことが普通であっていいし、それが日本を支えることもあるんじゃないかなー、とずっと思っているんですね。

(ちなみに、上記渡辺千賀さんのコラム「働けシリコンバレー」は、そういう「アメリカで普通に働く日本人」が多く紹介されてて、勇気をもつ、と同時に「そっかー、エンジニアとか手に職系じゃないと結構厳しいのかも、、、」という現実も同時に染みとおってくる、いいコラムです。たまに友人が出てたりするのもうれしくて愛読してます)

理由をいくつかあげると、

1.世界が広がることで選択の幅が広がる。

とりあえず、自分がどんなときも基本的に楽観的なのは、「いざとなれば、スーツケースひとつとノートパソコンだけもって日本以外にでてっても仕事できるかな」と思っていることもあると思うんですね。日本がだめになるから逃げ出す。。。とかではなく、自分の置かれた環境によっては日本より住みやすいところがあったら、そのときはそっちにいってもいいよね、という発想。特に、自分が未体験ゾーンである、女性が子供を持ってからの日本の働きにくさというのは想像を絶するそうなので、この辺のプロジェクトが早急に立ち上がらないと自分もどこかで閉塞感を感じる日が来るのかもしれないし。アメリカも実は子供を持つ女性にまったく優しくない国なのは知ってるので、どこを目指すべきなのだろう?北欧?(笑)

いきなり北欧。。。は非現実的なんですが、自分の好みで「住む場所を選ぶ自由、働くスタイルの自由」を得ることはずっと憧れだし、世界規模でそれができれば、人生より楽しいかと思います。結局これだけ、世界中で仕事がつながってて情報が瞬時につたわっちゃうので、どこに住むか、というのが究極的には関係なくなっていくんじゃないかなーと思ってます。実際、結局私も、日本に帰ってからもアメリカとばかり仕事してますが、時差はたまにきついにしても、まあこういうもんだと思えば普通にコミュニケーションできますしね。

2.世界がかわることで悩みの質が変わる。

思えば私も、日本で仕事してたころはちまちました人間関係とかでいちいち胃が痛くなるくらい悩んでたんですが、アメリカで「ダイバーシティが高いので、他人と自分の考えていることが違うのは前提である」そして「どう思われてようがとりあえず主張してコミュニケーションしないと職場でいない人にされてしまう」というワイルドな環境下で必死になる、という経験をして以降、正直、職場での細かい人間関係の悩みとかどうでもよくなりました。何に関しても仕事は仕事、みたいな割り切り方ができるようになった、というか。もちろん、アメリカの職場にもポリティクスはありますが、自分がそれで心を痛めなくなって仕事人生は各段に楽になったと思う。

ぜんぜんレベルが違う話で恐縮ですが、学習障害をお持ちのお子さんと、普通のお子さんと両方を育てている知人が「普通の子のお母さんたちはお母さん同士のライバル争いが熾烈なのだけど、学習障害をもっている子供のお母さんたちは子供を育てることで必死なのでそういうのは見たことがない、結局平和で満たされてるとしょーもないことで争ったりするんじゃないか」といっていたことを、日本で職場の人間関係で悩んでいる友人をみていると、たまに思うことなんですね。もちろん、わたしには計り知れない、複雑な人間関係や嫌がらせがあったりするケースもあるはずで、一概にはくくれないけど。でも、ショック療法的に、日本で閉塞しちゃってる人を海外に放り込むと、生存本能がよみがえってがんばれたり。。。しないかなぁ。。。

3.世界を知ることで自信もつけば恐れも知る

ともかく優秀なひとっていっぱいいるんだなー、とあんぐり口があいたりするんですが、逆にそういう人を知ることで、自分のポジショニングを考え直したり、狭いところでの競争からくる変な焦りから開放されたり、ということもあると思います。

でもって、結構できるじゃん、みたいなのってあると思うんですよね。今も、日本から米系企業にかかわる仕事をしつづけてて、自分以外のメンバーのほうがむしろがっつり、アメリカの中に入り込んでいるのを見ると、私もがんばらなきゃ、と思うと同時にすごくうれしい。「カルチャーの違いがあるとか、英語が完全にネイティブでない、とかいっても、正しいことを熱心にいいつづければつたわる」という自分が信じてたことを、きちんと実践している人がいて、日本のプレゼンスに対して悲観的になりすぎる必要はないかも、と思った次第です。

4.やっぱり英語は共通語である。

英語がビジネスレベルでできれば、英語圏でも働けるし、日本でも重宝されるのは疑いのない事実。中途半端な語学力は諸刃の剣。。。って昔書いたけど、また日本で働いてみて「あ、やっぱちょっとでも、できないよりできたほうがいいんじゃ」と最近は思ってます。アメリカでアメリカの企業で働く人として求められる英語力と、日本の会社で英語の仕事にかかわる人への、要求水準がちがうからそう思うのかもしれませんが、少しでもできるに越したことはないですね。で、英語圏に住めば英語ができるようになる、というのは妄想なんですが、いかないよりはずっとまし。

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ところで「海外で留学して働く」で、自分がやっていないのが「留学」。正直、そのパスを経ていたらもっといい状態で仕事ができたかも、と悩んだことは何回もありました。会計事務所が、アメリカでは数少ない「大卒で受け入れるプロフェッショナルファーム」なのでそのまま働けちゃったんですが、サンフランシスコ・ベイエリアというちょっと特殊な場所では、職場を一歩出れば大学院卒が平均的な学歴だし、アメリカのよく知られている大学の学歴は知的レベルの証明的な意味もあります。し、ビジネスの現場に出る前の訓練も学校の中でだいぶ受けられる。なので、海外に本格的に移住するんだったら、30代半ばでもなんでも、大学院に行くというのは十分価値があります。まあ、大学院を卒業しても、外国人が職を見つけるのは、アメリカでもヨーロッパでも厳しいわけですが、入り口としては一番機能するのではないのでしょうか。

一方で、私にとって「会計士」である、ということも、選択肢を与えてくれたので、感謝しております。アメリカに「とんだ」ときも、「ま、失敗して帰ってきても監査法人ならどこでも働けるよね」とたかをくくっていたのもありますし、英語圏でさえあれば自分にできる仕事があって、どこでもとりあえず食ってくことはできるなー、という自信があるのも、会計士の基本スキルがあるからでしょう。ので、最近の若い会計士は海外に行きたがらない、と昔の上司に聞いてちょっと憤慨してしまった私。なんでー?もったいないぞー!

さて、(1)日本は立ち直れないのかなぁ。。。に関しては、長くなるのでまたあとで。

2009/05/01

Shanghai - hot, flat and crowded

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夢うつつ、遠くクラクションの音をきく。無視しようとしても、繰り返し、繰り返し。 

でもさぁ・・・ここホテルの30階じゃなかったっけ?
 起き上がり、カーテンを開けて、晴れてもどこまでも白っぽい空と、はるか下の道路にぐちゃぐちゃと入り乱れる車の列、クラクションの音を確認。 やれやれ、この街は、朝ゆっくり寝かせてもくれないのかー。 

・・・というわけで、出張で数日間上海にいっておりました。ここ数年すっかりアメリカづいてアジアから遠ざかっており、中国は1998年に北京にいったきり。上海は全く初めて。そもそも、たった二時間半で着くのも、羽田からも便があるのも、全く知らなかった。上海は英語が通じるような気が勝手にしていたのですが、タクシーの運転手には英語でホテル名を告げたら怪訝な顔。住所を漢字で書きとっておいてよかった。うーん、アジアに完全に不慣れな旅客になっております。

 自分の感覚からすると若干(かなり?)アグリーな気がする高層ビル群も、そこらじゅうにある日本系のチェーン店も、空を舞う埃にも(滞在中終始コンタクトの調子が悪く。。)も、まあ想像の範囲でふむふむ、でしたが、人の多さとそのパワー(というかぎらぎら感)には本当に圧倒されました。

 夕方のラッシュアワーの大通り。絶対にあり得ない場所でUターンしてこっち車線に突っ込んできたトラックに思わず目を閉じてしまう。大きくハンドルを切ってよけるとあちこちからクラクション。窓を開けてどなりだすドライバ。そんなシーンが何度となく続いて、ぐったりしているわたしをしり目に、1年前まで上海ではたらいていた同僚は中国語の早口で電話を掛けまくっている。元気ね。。。

彼女いわく「平日の夕方は、タクシー拾うのに40分くらいまつんだよー。雨が降ると2時間ね」だそうですが、増え続ける人口をインフラが支え切れていないってことで、この街の環境はいたってよろしくないようです。「だから車かって通勤してた」と彼女はあっさり言ったので、この上海を運転できるなんてすげー、と瞠目したわたし。。。

所用で「上海モーターショー」にたちよって、その人いきれと、高級車にむらがる人の渦に巻かれ「なんで人の足を踏んだらあやまるって文化がないのだ!」とむっとしながら(東京の満員電車と一緒ね)、「これ、この人たちがみんな車を買い始める前に、電気自動車量産体制に移行しないと地球はつぶれるんじゃ」と真剣に思いました。

ちょうど、「グリーン革命 Hot, flat and crowded」行きの飛行機のなかでよんでいたので余計そう思うのかもしれないけど、成長したくて成長したくて仕方がないぎらぎら感に満ちたこの国が、「クリーンで賢いエネルギー」という一見遠回りなパスをとる気が、なかなかしないですよ。と、中国国産メーカー製「パンダ」の「はんだでつけただけ」みたいな雑なつくりのリアウインドウのデフォッガーを見ながら思う。(一応、この車、電気自動車モデルもコンセプトカーとして紹介されてましたが)

 しかし、環境が悪いとかなんだとかいいつつ、成長している国は元気だなー、としみじみ思いました。このところ、Detroitとか若干depressingなところにばかり行っていたのでそう思うのかもしれないですが。

2009/04/24

ワイン時価評価という妄想とsnooth.com

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 12月の最終帰国のときは、カリフォルニアから冬に帰国するという絶好の機会を逃すわけにはいかず、かなりなワインの在庫を持って帰ってきてしまった私。船便にしたのが合計60本近く、そして、友人を通して購入して、まだアメリカで寝ているワインたちも。。。 


暑くならないサンフランシスコではセラーを持っていなかったんですが、日本の夏を超えるためには、セラーを買わないわけにはいかないなあ、と重い腰をあげてリサーチ。友人のワイン好きたちは100数十本もはいるEurocarveを持っていたりするのですが、デザインも重視したい、機能も大事、ということで行きついたのが結局Forsterの70本入り。 

70本をセラーに入れてると、何を持っているかもうわかんないので、在庫リストも作成、Google Spreadsheetで管理しています。数百本の単位でもっている某友人夫妻は、連休のたびに山梨のセラーまで棚卸にいってますが、私は会計士らしく?都度記帳することでperpetual methodになっているはず(笑)まあ、家族が勝手に飲んで減って、棚卸減耗損がでることがあるかもしれませんが。

そういうわけで、お友達の家に遊びに行くのにワインを持参、とか、我が家に誰かよんでワインをのむ、とかなるとWine inventoryと名付けたスプレッドシートを開いて、なにを持っていくかなーなんて検討します。楽しい時間です。 

で、買ったものの、テイスティングの記憶がもうあいまいだったり、そもそも飲みごろかわかんない、というときに、その日にだすのが適切かを調べるのに使っているのがSnooth.comというワイン専用のSNS.フレンチとか新世界がどうかはちょっとわからないのだけど、アメリカワインに関してはよく情報がそろってます。

SNSなので、わたしもアカウントは持ってますが、自分のページのアップデートは。。。あんまりしていないのですが(笑)このワインのレビュー機能は結構おやくだちです。 そのワインのすべてのレビュー(SNS参加者だけでなく、Robert Parkerや Wine advocateふくむ)その時点での小売価格情報もでるので、友人を通じてオリジナルプライスで買わせてもらってたワインが2倍以上の価格になってて目が点になったり(で、もうちょっととっておこう、、、とかしまいこんだり(笑))自分の在庫のワインから何をひっぱりだすかという時に重宝しています。 

で、ふと思ったことですが、そもそもこのsnoothから小売価格データがひっぱれれば、自宅のワイン在庫の時価評価ができるわけです。そもそもそも売る気ないから、満期保有(=飲むまで保有)が基本ポリシーだし、この値段で「売る」のにはYahooオークションとかに出すしかないから、よほど有名なワインでもないと現実はfiresale価格になるかもしれない。でも、在庫を維持するコスト(セラー、かさばるし)>表面の時価評価益 であれば、わざわざ家に在庫をもつことへの合理的な説明がつくじゃないか。 

・・・って、面倒くさいので絶対しないけど(笑)まあ、おいしければいいんです。

さて、今日も雨だけど、友人宅におよばれ。何をもっていこうかなー。

2009/04/23

Redbull

不思議と電話会議が集中する週というのがあります。電話会議ってそもそもが海外と話すためのものなので、それすなわち早朝か夜中か、ということで、日中がかなーり眠い。 なんというか、日本に居ながらにして時差ボケしてるような感じになります。


すごく忙しくてテンションが上がっていると寝不足って結構乗り切れちゃうんですが、こういう、「普通の生活の中に入ってくる阻害要素」という感じはなんか苦手です。朝5時からと、夜11時から、とかが同じ日にあるとやはり生活のテンポが崩れます。基本、できれば同じ時間に寝て同じ時間におきたいですよね。。。まあ、仕方ないですねー、お仕事ですから。

 結果としてカフェイン飲料のお世話になるわけなんですが、最近はセブンイレブンでレッドブルを売ってるんですね。 もともとはタイの栄養ドリンクだったのを、旅行してたオーストリア人が気に入ってライセンスを買い、西欧向けにリパッケージしたもの。アメリカでは試験勉強前の大学生とか、残業中のエンジニアとか、試合前の運動選手とか、にこよなく愛されている飲み物でもあり、私も長距離運転の際の気づけ薬としてお世話になっておりました。 

クラブだと、レッドブルをウォッカで割ったものとか(ブルショット、とかいう)をうってたし、イェーガーボムといって、イェーガーマイスター(ドイツ産のリキュール)のショットをレッドブルのグラスに落とす、という飲み方も定番としてあって、日本の栄養ドリンクより、普通のソフトドリンクっぽい扱い。レッドブル自体が、スポーツ関連のスポンサーをやってたり、最初は日本でもクラブから置き始めたということで、そもそも、若者をターゲットとしたマーケティングをしてる商品なのです。で、日本で現在どういう位置づけなのかいまいちわからないのだけど。そもそも栄養ドリンクが豊富な日本、明らかにそんなに売れてないし。。。

 でも、ユンケルとか会社で女性が堂々と飲んじゃいけないと思ってる私なんだけど(なんか痛々しいかんじがしないでしょうか?)、レッドブルならいいような気がする(だめ?笑)。 なので、デスクで堂々と飲んでみた。

 んー、なんか懐かしい味!ちなみに、アメリカにはシュガーレスがあって、そっちの方が甘くない気がして私は愛飲してたんですが、日本にはないのが残念。 

レッドブル、あまりたくさん飲むと心臓麻痺がおこるとか、健康に悪いとかいろいろ言われているのだけど、wikipediaによると、カフェイン含有量は、
 レッドブル 80mg
 コーヒー1杯 40~180mg 
お茶1杯 50~80mg 
コーラ系1缶 30~50mg 
栄養ドリンク系1瓶 30~80mg 

ということで、他の飲み物に比べ特に多いわけではないようですね。

 まあ、そんなもんを飲まないでも毎日が回る方がよいのだけど。
今日は、いい加減早く寝るかなあ。

2009/04/14

変わらないでほしい場所:丸沼書店

私が肌が荒れるの、食べ物がまずいの、ぶーぶーいいながら海外をふらふらしている間に、日本は季節が変わっていて、帰ってきたらすっかり春です。結局、トレンチコートを着ることなく、スーツの下が長袖だと汗ばむような陽気。

ストラクチャーをぐじゃぐじゃと書いたり消したり、おえかきをしていたうららかな午後。私が数年間西海岸にいた間に日本では会計基準も税法も大々的な改正があちこちで進んで、2001年くらいに買って実家にもってた企業再編の本とか、序章をのぞいたら全頁書き直しか?という使えなさ度合いで、骨董品状態。むしろ笑えてしまいます。まあ、そういう仕事なので仕方ないのですが、いなかった期間のことはこそこそアップデートするしかありません。会計については、世界が同じ方向に向かいつつあるため、ここ数年間のアメリカとは大した違いがないのがまだ救いですが。


税務を含めた事業再編ストラクチャー、とかは会計士としての私の専門分野ではないので、最終的にはそのあたりを生業にされてるスペシャリスト会計士さんに聞くわけですが、それにしてもそれ以前にある程度の絵はほしくって、「この会計処理ってもうありえないのか。。。?」「こういう絵にすると税務ってどうなるんだ・・・?」とかいう不安と一緒に検索するといきついたのはamazonのページ。そうだ、この際だからこの分野の本を何冊か買うかなあ、と、ほしい2-3冊の本をオーダーしようとすると「発送予定 5月中旬」 。

あらら。それじゃちょっと遅い。在庫が少ない専門書を買うにあたって、アマゾンはたまにこういうことがあるんですよね。しかも、やっぱり、専門書をページ開かないで買うのは勇気がいります。そもそも高いし、思っていたのと違った。。。というのがよくあるし。特定の分野だと、書いてらっしゃる方の名前で、この人がかいてるなら、という指名買いはできるのですが、ここ数年日本での実務から遠くなっていたこともあり、そういうところも微妙。 

で、ふと思いついて「丸沼書店」を検索して電話してみたところ、2分保留後「2冊ともありますよー、今日だと今週中には届きますが、御配送しましょうか?」と。気持よく晴れた日のことでもあり、オフィスから抜け出して本を受け取ることにして、地下鉄で水道橋を目指す。 

この丸沼書店、知る人ぞ知る。。。なのかもしれませんが、水道橋駅前にある会計・税務・法務の専門書店。私の知る限り、ここよりこの手の本がそろっているところは大型書店でもないです(Oazoの丸善も品ぞろえはかなりいいけど、それ以上かも)。 大型書店の会計・税務・法務コーナーを全部集めた、よりも多いくらいの本が、狭い店内に所狭しとつまれてます。店員さんも知識が豊富で的確で、「この本は、もうすぐ新しい版が出る(頻繁に制度が変わる会計・税務・法務本は、最新版でなければ何の意味もない)ので、2週間くらいお待ちになったらどうですか?」とか、何者なんだろう???と思うくらい詳しい。

ここ数年間立ち寄っていなかったんですが、たたずまいも全く変わらず。入口に一冊100円の古本コーナー、U字型 - 通りに面した出入り口は2か所あるのですが、通り側一杯一杯まで本棚を並べた作りで、どちらかの入口から入ったら、キャッシャーの奥をぐるーっと経由しないと、全部が見れないという不便な構造。本をいっぱいおける方が大事なんだろうけど、通りから一番入りやすい「書店の玄関」にあたる、ふつう新刊本とか売れ筋の本をおく場所が存在しないわけなんだから、商売っ気ないのもはなはだしい。   

ちなみに、ここで買う隠れたベネフィットとして、店頭で買うと10%引きというのがあります。どういう仕組みでそういう割引が可能なのか昔から謎なのだけど、そもそもこの手の本はすべてハードカバーで数千円とかするわけなのでありがたいです。

そういえば三次試験受験中に改正がおこなわれた「会社分割」「株式移転・交換」とか、口頭試問の前日にここで本買って、隣のサンマルクカフェで付け焼刃な勉強をしたなあ。。。と懐かしみ、私っていつも「おしりに火がつかないとしない」勉強ばっかり、と反省。とっておいていただた2冊の本を引き取り、中身を確認して使えそうなので購入を決め、ほかに数冊の専門書を立ち読みし、あれもこれも、、、と思うも、「まあ、ここにいつでも買いに来れるのだから」と思い直し、無駄遣いはせず。笑

外に出ると、向かいにあった別のチェーン系書店は紳士服店にとってかわられていただけに、丸沼書店の変わらないたたずまいにはちょっとほっとしました。小さな書店でもやっぱりこれだけエッジが立っていると淘汰されないのか、10%引きと一緒に私の中の小さな謎なんですが、東京でここは変わらないでいてほしいなあ、と思う場所の一つです。

2009/03/28

Motownの憂鬱

東海岸はミシガン州で週末を一日過ごすことになって、何をしよう?と相談した結果として、ある意味今、一番熱い街?Detroitに行って参りました。ミシガン州最大の都市でありますが、なんといっても自動車産業の町、インナーシティ減少で市内の治安の悪化で有名な町、観光で来ることはなかなかありません。


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まずは、市内のランドマークの一つ、General Mortors 本社ルネサンスタワーの最上階に上がってみる。ここは最上階の2フロアがレストランとバーになっていて、名物だというコスモポリタンをなめながら72階からの景色をながめます。

・・・川を隔てて反対側はカナダのWindsor. 川辺まで瀟洒な家々が軒を連ね、緑がおおく、一見してこじんまりした愛らしい街であることが見て取れます。一方、アメリカ側を見ると、川沿いはダウンタウンの中心にもかかわらず空地が目立ち、荒んだ風景であるのが手に取るようにわかるのです。

声もない私に、案内をしてくれた、デトロイト在住50年の方が解説をしてくれました。

‐デトロイトは、アメリカの栄光の1950年代の象徴みたいな町。1900年初頭のT型フォードの開発から発展し続けた町は、第二次世界大戦後に最盛期を迎えたんだ。そのころのビッグ3には怖いものはなく、ダウンタウンは活気に満ちあふれていた。
‐それが1968年の大火災で、ダウンタウンの大半が消滅した。再開発が進まないうちに、廃墟に貧困層がすみつきはじめた。思えば、あれがすべての転落の始まりだ。
‐1970年代にはいって、安価で性能がいい日本車が台等した。危機に瀕したビッグ3は、下請けをどんどん切り、町には失業者があふれた。治安は急速に悪化し、昼間でも外を歩けなくなった町から人はどんどん郊外に逃げ出した。
‐今のデトロイト・シティの犯罪率はニューヨーク・シティの40倍だっていう。もちろん、君たちも夜は来ちゃいけないよ。
‐この街で家がいくらで売られているかしっているかい?1000ドルで、3ベッドルームの家がかえるんだよ。もちろん、あたりじゅう、フォークロージャーセールで、そんなところの家を買っても住むことも転売することもできないんだけどね。でももともとは、誰かが夢をもって住もうとした家だよ、あんまりな価格だよね。
(実際、500ドルの家がリストされていて、改装に2万ドルかかるけれどそれでも元値の7.2万ドル(・・・にしても安いが)で売れる日はないだろう、というような記事も見ましたし、町事態の価値が底辺といっていいのでしょう。)
‐90年代から復興に力をいれはじめて、この72階建てのビルを作ってGMがここに本社を置いたのも、町の復興計画の一部なんだ。でも、彼ら自身がこの状況ではね。。。

私たちが訪ねたのも、だいぶ暖かくなった週末なのに、カナダと国境を接する川辺にはほとんど人が歩いていないのです。水辺にベンチがおかれ、サンフランシスコにこんな場所があれば、ジョギングする人や犬を連れて散歩する人、川辺で休憩する人などであふれるような場所なのに。

さて、場所をフォード自動車博物館に移します。こちらは、自動車の黎明期から今に至るまでの歴史を展示する博物館で、自動車オタクでなくとも、アメリカ1900年代を振り返れるようなよくできた博物館。アメリカの自動車の歴史がいかに輝かしいものであったか、数々の展示品から学ぶことができる作りです。

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クラシックカーの流線美にうっとりし、ポップな展示品にこころを和ませながら歩き回っているうち、"Selling the dream"という道路標識をみつけ、ちょっと物悲しいきもちでそれをみあげました

アメリカで、自動車産業が栄えたのは、この国土の広大さからいって必須だったのだと思います。庶民階級に至るまで自動車を普及させ、基盤産業としてアメリカを支えてきたビッグ3の貢献は大きい。その意識が彼らの、時にalogantともいわれる救済を要求する態度に表れているのかもしれませんが、一時代の夢をになった産業の凋落ぶりは目を覆うあまり。

GM・クライスラーへの追加支援策は、週明けにも発表される予定です。しかし、GMは166億ドル、クライスラーは50億ドルの追加融資を必要としている状態、いままでまとまらなかったリストラ策を数週間でまとめることが条件になると報道されていますが、そんなことが本当に可能なのか。これだけの「輝かしい歴史」の亡霊が、今となっては彼らの足を逆に引っ張っている気がしてなりません。

ちなみに、今年3月にGMの破たん懸念が再燃した理由の一つが、監査法人がゴーイングコンサーン注記をつけたこと、といわれています。2004年から債務超過だった同社がいままでClean opinionだったこと自体はちょっと驚きなのですが、影響の大きさからうかつにそんな文言がつけられる状況ではなかったんでしょう。そもそもこの注記自体が、「危ない会社の首を絞めてしまう」一方、「破たんした時に文言がついていなければ監査人が締められる」という非常に難しい側面を持っているので、判断は非常に難しい。2008年も終わって、追加支援がまとまらない状況になって初めて、だれが見ても破たん懸念だよね?だよね?ってかんじで、注期がつけられた、ってことなんでしょう。

案内をしてくれた方が帰りの車の中、「この街で、今たったひとついいニュースがあるとすれば、ここにも春は来る、っていうことかな」と眩しくなってきた日差しに目を細めてつぶやきました。

そう、春の来ない冬はない。しかし、町の復興という意味では、それはいつのことになるのだろう?
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